it continues to rain

 雨が降ってきた。
 朝食を終えたあと、ゴーイングメリー号の面々は何をするでもなく、食堂でだらだらとすごしている。ランプを点けるほど暗くはないが、窓から差し込む光はほのかで、それが妙に落ち着くらしい。
 サンジは軽く昼食の仕込をしながら、窓の外を見ていた。雨はやわらかく、黒い染みが木の甲板をなでるように覆っていく。
「当分やまないわ。この海域を抜けるまで、雲、雲、雲。まあ、嵐じゃないからいいけど」
 外に出て空気を見ていたナミが食堂に戻ってきて。レインコートのしずくを払いながら中にいた面々告げた。そして「冷たい雨じゃないから平気かな?」とサンジを見てつぶやいた。
「まったくしょうがねえ野郎だぜ」と、下唇を突き出した表情で煙を吐き出しながらつぶやき、ナミに向かって微笑み返す。ゾロは朝食のあと日課の素振りに出て行った。そのまま雨の中で今も続けているのだろう。
 サンジはポケットから時計を取り出して時間を確認する。そろそろだ。
 お茶の用意をしながら焼きあがった菓子を手早く皿に並べていく。並べるはしから食べていくルフィにナミが拳骨を落とし、それを見てチョッパーとウソップが伸ばした手を引っ込める。ビビはナミをなだめつつ同じく手を伸ばしていたカルーを怒鳴っている。サンジはその光景を見て、笑いながらそっとドアの外に足を踏み出した。
 雨は音もなく降っている。隙間なく空間を埋めるその細い水のラインは、強くもなく弱くもなく、包み込むようにサンジに降り注いだ。
 食堂の裏手に回る階段を上っていくと細切れの呼吸音と、水と空気をまとめて切るような素振りの音が聞こえてきた。
「いいかげん中に入れば?」
 ゾロは振り返ってサンジを認めたが、そのまま素振りをやめない。
「当分やまねえみたいだし……冷えちまうぜ?」
「………………」
「でも、まあ…」
 言いながらサンジは上着をするりと脱ぎ、ネクタイに手をかけてそっと緩めた。それを見てゾロは少し、胸を騒がせる。
「ちょっと気持ちわかるわ。このぬるさ、ちょうどいい」
「……わかるか」
「わかるよ」
「…………」
 熱せられるそばからやんわりと冷やされ、さらさらと体を流れる水の感触は不快感とは程遠い。それは、人肌の心地よさに似ている。
 サンジは目を細めてゾロに歩み寄り、首を少しだけ傾けてそっとくちづけた。
「な…わかるぜ?」
 ゾロは片眉をあげて「は!」と笑い。サンジも同じように声をあげて笑った。そしてそのまま雨の中に進み出ていき、目をあいたままぱしゃぱしゃとやわらかくたたいてくる水の感触を味わうように天を仰いだ。
「あー…気持ちいい」
 と、つぶやきながらサンジは腰を落とし、ゾロはそれを視界の端でとらえながらようやく錘のついた木刀を手放した。木刀はゴトンと音をたてて転がり、ゆらゆらと揺れている。
 ゾロはなんとなくサンジを見ることができず、視線を斜め下方にそらし気味においた。瞬きをするとまつげからしずくが落ちた。鼻先、唇。水は伝っていく。サンジは背後に両手をついて、上半身で雨を受け止めている。濡れたシャツが貼りついて、反らした喉から胸元にかけてのラインがあわらだ。
「来いよ」
 笑いをにじませた声で、サンジがゾロを呼んだ。ゾロはゆっくりと首をめぐらせ、すこしはにかんだように笑みを浮かべた。サンジはそれを見てそっとゾロに手を伸ばす。ゾロはゆっくりとした動作で歩み寄り、サンジに向かって体を折った。お互いの腕がお互いを捉え、指でその熱を確かめる。ゆっくりと触れる面積を増やしていくと間の空気がやんわりと押し出されて、どちらからともなくその指が、吸い付いていく気がした。
 雨が少し勢いを増した。二人は声を立てずに笑いながら、戯れるように何度もキスを交わした。何度も、何度も。雨が頬をたたき隙間から浸入してきたが、それすらも甘い。周囲をあたたかくやわらかい水の壁が覆い、灰色の影がひとつに重なって見えた。
「溶けちまう」
 サンジはゾロの頭を両手で包んで引き寄せながら耳元でため息とともにささやいて、そのまま肩に頭をもたせかけた。ゾロはサンジのするにまかせ、自らもサンジに体重を預けて、すこしくつろいだ。
 お互いの首筋に顔を埋めながら、二人はいつまでも雨の中で抱き合った。肌の熱で雨はぬるさを増していく。吐息の熱さが湿り気を帯びて雨をさらにあたためる。

ゆだねているのは、果たしてどちらなのだろう?
 
 雨はまだ、当分降り続くのだ。
 この、ぬるい雨は。
2000年冬コミ発行の個人誌「SOUL FOUNDATION」に掲載の、
同タイトルマンガの、プロットのような。
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